ハートインみやぎ2003 シンポジウム


「俺たちこんなに燃えてるぜ!宮城の地域生活を支える人たち」

〜宮城の地域活動にエールを送ろう〜


2003年10月25日(土)14:20〜 せんだいメディアテーク

コーディネーター

精神医療・福祉サバイバー&保健福祉コンシューマー 広田 和子 氏


シンポジスト

精神障害回復者自助グループ 心のネットワーク宮城 会長 植野 祐吉 氏
NPO法人 わたげの会 スタッフ 市川 洋一 氏
NPO法人 くもりのち晴れ 理事 佐藤 幸喜 氏


指定発言者

厚生労働省障害保健福祉部精神保健福祉課 北川 博一 企画官


広田 和子氏(以下、広田)
それぞれシンポジストの活動について・・

植野 祐吉氏(以下、植野)
原先生の話の中で社会的入院の話があり、国はここ10年間で社会的入院患者を7万2000人退院させるといっております。私は国見台病院を退院したのですが社会的入院患者はたくさんおります。長期にわたって入院するしかないというのが現状でございます。今回は国の方で
7万2000人という数字を挙げておりますので、ぜひ実現させて欲しいとおもっています。

 日本はダントツで入院平均日数が長い。河北新報の記事からですが、日本は1996年のデータで330.7日、1993年データでイギリス86.4日、以下1999年データですが韓国65.7日、ドイツが26.9、カナダ15.1、イタリア12.9、アメリカ7.6、フランス6.8と日本はダントツに長い訳です。
 日本には204万人の精神障害者がいるといわれています。そのうち
33万人が入院しているということですが、他科も含めた国内全ての入院患者のうち、4分の1を占めています。WHOでは患者の3分の1が完全に回復し、社会復帰が可能としています。初めて発病した患者のほぼ半数は、完全かつ永続的な回復が期待できるとしています。昔は精神病というと不治のイメージがありましたが、いい薬が出ておりますので、患者さん自身も自信を持ってほしいですし、
我々当事者も患者会活動をやりながら、社会の偏見、差別と戦っていきたいと思っています。

市川 洋一氏(以下、市川)
自分も以前精神科にお世話になっていて、現在は
わたげの会でスタッフとして活動しています。わたげの会では、社会的ひきこもりといわれる比較的若い人たちのサポート、また、不登校といわれる人たちに活動を通じていろいろな経験をしてもらって、社会なり学びの場に戻っていただく。止まり木とかオアシスとかのイメージです。
 活動としては、
フリースペースの運営、県外の方などを対象とした寮施設の運営、有償ボランティア活動、その人の状態にあった就労支援、資格取得などの学習サポートなどをしています。
 2004年の4月には社会福祉法人としての設立が決まりました。わたげの利用者のうち現在では全体の
10%くらいが精神科の診察、薬を飲んでいる方ですが、やはり不登校なり引きこもりの人たちのコミュニケーションは難しいと感じます。自分としては、かつて利用する立場だったので、当時の事を思い出しながら、自分だったらどんな感じかということを考え、コミュニケーションをとっているつもりです。
 問題提起ですが、引きこもりという言葉はマスコミでもよく出てくるが、
まだまだ実態は認知されていない。見た感じはどこも変わりないから、単になまけているのではと誤解されてしまいます。

広田
よろしければ年齢を・・

市川
29歳になります。

広田
通院していたのは?

市川
最初は17歳からです。完全に通院もせず薬を飲まなくなったのは今年に入ってからです。

広田
精神障害者とは現在入院している
33万人の患者と通院している171万人。あわせて204万人。産経新聞は200万部ですから産経新聞より多い患者がいるという事です。国民60人に1人です。彼のようにかつて精神医療を使った人を入れるとものすごい数になります。これは厚生労働省でも統計が取れない。

佐藤 幸喜氏(以下、佐藤)
私たちはもともとは私の家内と、もう一つのご家庭とがNPO活動をやりたいと話し合い、鳴子町で産声を上げました。私たちの子どもが
アスペルガー症候群で、自閉症などを専門にやりたいと思って始めたのですが、山の中ですから活動が思うように出来ず古川に引っ越してまいりました。アスペルガーとか自閉症の方と関わるうちに、大人の中にもそういう方がたくさんいたはずだ、その方々は今どうしているんだろうと思いましたら、精神科に入院している方が結構いらっしゃいまして、そこから精神障害者といわれる方々とのお付き合いが始まりました。
 その頃、たまたま宮城県に
援護寮ができまして、そこでの業務として一年のうち半分を泊まりで過ごしました。二年間過ごしました。いろいろな方と関わる事が出来ました。私達と同じ年代の方たちが、昭和30年代に集団就職をして東京方面に行った。それから発病して25年、30年入院している方が何人もおりました。こういう方が日本の経済を支えたのになあ、と思い精神の方たちのサポートを始めました。
 私達は
「私達とともに生きていこうよ」というスタンスです。市民活動ってそういうスタンスです。私たちのスタッフは精神医療とか勉強したスタッフはほとんどおりません。ただしいろんな議論はしています。「人間ってなんだ?」「なぜ生きていくの?」「なぜ人を殺しちゃいけないの?」「どうやったら幸せになれるの?」とか。これは分け隔てなく皆同じです。私達の基本の活動としています。基本的には運動体としての活動が大切だと思っています。
 しかし事業もしないとだめだ、とも強く思っています。事業体にもなりたい、行政からは法人格をとれといわれています。しかし代表理事は
「法人をとったら思ったように出来ない、反対!」という意見を出していて、現在議論中です。どうしてもこういう問題はある。お金は必要だ、行政からお金は欲しい。けど、私達は行政が出来ない事をやっているって思っています。お金をもらったからあなた達のヒモじゃないよ、あなた達が出来ないから私達がやっているんだよ、っていつも言っているんです。
 ぽかぽかハウスは県の保健事務所から委託を受けた事業で、
障害者社会参加プロジェクト事業、これは古川市の商店街の空き店舗を利用したものです。行政からはこうやってくれと言われましたが、私達は違う考えがありまして、その交渉に一週間かかりました。例えばコーヒー入れても金は取るなとか、様々なことを言われましたが、結局最後は100円づつ頂く事にしました。
 基本的にはショップなんですけれども、フリースペース部門とか
アートギャラリーとかサロン、カフェを併設して、広い店舗だったのでいろんな事ができました。音楽イベントとかダンスイベントなど。年度年度で三ヶ月単位なので、割と短い時間で運営していました。仙台の人に言ったら「一回に3350人もきたの?」とびっくりされました。田舎は社会資源がないんだなとつくづく思いました。精神の方も知的の方も行くところがない。家か作業所、作業所は定員が20名で限られた人だけ。ゆっくり出来るところがほしいなと言う人に歓迎されたのだと思います。私達が一番重要だと思うのは「めだかの学校」ということ、つまり誰がスタッフなのか利用者なのかボランティアなのかわからない、そういう空間と時間を作るというのが大きな目標です。授産製品がどれくらい売れたのかは僕らはどうでもいいと思ったのですが、常に県はどれくらい売上があったのかデータを重んじました。
 私達はすずめの学校ではなくてめだかの学校でありたい、と思っています。

広田
では、厚生労働省の北川さんどうぞ

北川 博一 企画官(以下、北川)
 厚生労働省の職場環境の話からさせてもらおうと思います。厚生労働省の中で一番問題になっておりますのは職場環境、精神面です。私の同僚、
私より若い連中が重いうつ病で職場を休んでおりますし、やっと回復して職場に戻りつつある、という人間が何人もおります。
 私が入った1980年の半ばというのは行政としてまだ余裕があった、それでも当時早く帰っても10時くらいでした。10年後の日本はどうだ、という話を若いもの同士で話していた記憶があるのですが、今、同じ課にいる若い連中をみると、中には
朝近くまで働く連中がある、それが毎日続く、土日出勤もある、制度改正とか予算の時期とかになればそれが一ヶ月も続く、というストレスフルな環境にあります。
 なぜそういう状況になったのかというと、ひとつに国の財政状況が非常に悪くなってきている。私たちが職場に入った頃というのは、悪くなり始めたときだったですが、それまでの高度成長期で、一定の税率、保険額であれば、自然に収入は増える。そして増えた収入を必要とされているサービス分野に配分する、お互い幸せな時代があったわけです。
 今はどうかと言えば、ほっておいても
支出は増える構造になっている。高度成長期を前提にした仕組みになっていますから。しかしそれをファイナンスできないので削減しなくてはならない。削減するといってもそれに伴う難しい調整、国会議員の方との話し合いなどがあり、いろいろとストレスが溜まる環境になってきている。
 ふたつめは規制改革の話し合い、当事者の方の参加とか、外国の情報も増え、要求する内容というのも高まってきている。
要求する水準は高くていいわけですが、それに見合う金がないという狭間でストレスが溜まる状況にあるわけです。
 3つめは、これは精神保健福祉行政特有という訳ではないのですが、いろんな分野の行政を束ねていく。医療、福祉、雇用であり、
いろんな分野を束ねていかなくてはならない。これはひとつの役所でやっている訳でもないし、ひとつの役所の中でもいろいろな部局が担当する。それらが雇用は労働、福祉はうちの課、低所得対策だと生活保護課という別の部署・・それら全部が、障害ということを念頭に、メインに仕事をしている訳ではない。そういった行政を束ねて、調整をしていくということが増えている。現在、精神保健福祉官は庶務担当も含めてせいぜい22・3人しかいません。業務は4つの検討会、普及啓発、病床の機能区分、地域生活支援のあり方、うつ対策、自殺の関係の研究会など、いっぱい研究会もある。そういったことをやりながら地方の福祉関係の事業を補助していくというのは、それなりの事務量がありますので、正直職員はいつ倒れてもおかしくない状況だと思います。バランスを取って緊張する毎日を過ごしている状況です。

 先ほどから平均在院日数が高いという話がありましたが、他科でも平均在院日数は高い。日本全体が高い。なぜかというと
老人医療の外来受診率が高い。欧米と比べると数倍、もしくは10倍近く高くなっている。日本の若い人に比べると6倍くらい受診率が高い。入院在院日数も圧倒的に長くて、結果的に社会的入院をしている。それを解消するために介護保険が誕生し、在宅の強化、特養療養型病床を確保した。それで解消したかというとそうではなく、外来にいくと待合室には老人がたくさんいます。精神医療固有の問題があるとともに、高齢者医療、長期入院や低所得問題が加わった複雑な問題構造を抱えています。
 7万2000人の
3割くらいは一年以内の入院。一年以上入院するあとの7割のほとんどは高齢者、老人医療的な社会的入院という側面と精神医療的な社会的入院という二面性をもっていると思います。
 どうしても精神障害者対策というのは
医療を中心に組み立てられていまして、例えば予算面で見ても、精神保健福祉課の予算の半分以上は通院医療費の公費負担に費やされています。通院医療の3割、老人ですと1割の負担を軽減するというところに半分以上の財源が費やされています。残りの半分は福祉系財源に使われています。
 国民の医療費全体は
約30兆円。そのうち7%くらい、2兆円弱が精神医療に使われている。そのうちの8割弱が入院医療で、残りの2割が通院医療に。老人であれば半々くらいが通院と入院で振り分けられている。配分におけるニーズと財源の関係が上手く出来ていないのかなと思います。
 財源自体を増やしていくのは非常に厳しい状況にある。例えば
年収400万の家庭を日本の国家財政だとしますと、800万を使っています、400万借金して。そのうち200万は過去の借金返すために使っています。残りの600万のうち3分の1の200万は地方交付税、残りの400万のうち160万が社会保障関係費、実収入の半分は社会保障関係に使っています。一般歳出が全然増えない、ないしはマイナスの状況の中で、社会保障関係費だけは毎年8000億円づつ増えている。放っておくと1兆円くらいまで増えることになるので、毎年削減が求められている。環境とか公共事業を含めてほとんどマイナス、もしくは対前年度同額に収まっているというのが今の状況です。あとは限られた財源をどのように公平に配分するかが大きな課題となっています。

広田
精神保健福祉課の人はいつ行っても夜遅くまで仕事しています。とはいっても私たちも言いたい事はある。何かご意見、質問があればどうぞ。

佐藤
質問でいいですが?税方式とか保険方式、消費税方式など、どのような方式が一番だと思いますか?当然これは増えるし、社会保障費は当然必要だし。簡保しなくてはならないですよね。個人としてはどうお考えですか?

北川
非常に難しい質問です。まず行政官としての立場からと、そのあとに私個人としての立場からお話しします。
 まず、ひとつは今のサービスのあり方が、果たして
本当に効率的なのかを徹底的に追求することが、財源論をする前に必要なんだろうと思っています。例えば施設や病院で、導入している費用に見合ったパフォーマンスを出しているのかということは、企業だったら当然問われると思います。そういった検証がないままに追加的に税であれ、保険であれ、ここにいる皆さんの財布から可処分所得を減らしていただくのではなく、その前提として効率性と質の良さを社会的に認めてもらうという作業が第一歩かなと思っています。
 そしてあとは保険か、税なのか。どちらが健全なやり方なのかはいろいろと意見があります。例えば保険、皆さんが明日障害を負うリスクを持っているという合意が得られるならば保険という道もあると思います。あくまで障害者を中心としたサービスです、それは公的なものが支援するという考え方が強調されるのであれば税にならざろう得ない。考え方で分かれてくるんじゃないかと個人的には思います。

広田
社会的入院って話が出ていましたが、みなさんの視点からみてどうですか?
また補足などがあれば。

市川
佐藤さんのお話を聞いて、わたげでも誰がスタッフだか利用者だかわからない雰囲気はありまして、自分と同じように、利用者からスタッフになったものが6名いる。

広田
ここで休憩を取りますので、言いたいことがある方は考えを用意していただきます。言葉で質問するのがいやならば、質問用紙に記入して届けてください。では休憩です。

広田
だれか自分の体験を話したいという方はおられますか?

参加者A
強制入院というのは原則として廃止すべきだと思います。他人を殺害したり、多大な傷害を与えるという場合のみ強制保護としますが、本人が悪意によって確実に安全な場所で
厚遇すべきだと思います。それ以外は自由意志としますが、患者の人権を守るために弁護士を一人以上つけるべきです。人の心は誰にも見ることが出来ないんです。医者が人の心がみえたと思っても概念から類推した憶測に過ぎないということを医者は自覚すべきです。また治療を受けるか受けないかは本人が決めるべきだと思います。社会的入院に対してですが、三親等間での通報の義務は法により規定されているので、何かしらの理由をつけて扶養しないのは親族の甘えだと思います。

参加者B
僕もその考えは素晴らしいと思います。私もそうしたいと思います。我々医療の側からいうと、説明しているつもりなんだけど、説明不足、あるいは説明しているつもりが、通じない専門用語になってしまう。
通じづらい部分の通訳を第三者の方、例えば弁護士、ご家族の方、友人、信頼できる方と一緒に納得できるまで聞く。そうすることが素晴らしいと思う。もちろん心の中をみることは出来ないと思います。
強制入院については、徹底的に納得できるまで議論できる素地があればいいとおもいます。でも、そうならないかもしれないですよね。お話しを拒否されちゃうと、なんともならない場合もある。それが患者の権利というのであれば、権利を制限するということになるので、例えば弁護士が一緒についてきて議論するということになると思います。

広田
家族に対しての厳しい意見が出ましたけど、今の保護者制度家族会も反対しています。ご家族でどなたか反論なりご意見なり、どうぞ。

参加者C
私は当事者である家族から
死ぬ想いをさせられ、警察を呼んで・・そういうことが繰り返されてきました。今は薬がよく効いていますのでよくなりましたが、以前はそういうことがありました。いま甘いとか責任逃れとかという言い方がされましたが、家族が面倒をみるという事に無理がある場合もある。家族が見るということには賛成はできません。
 話を変えますが、施設の効率的な運営がされているかという話がありましたが、近年作業所の補助金は削られている。
生活できない給料で、スタッフが半分ボランティアのような状況でやっている現状です。どんな効果があったのか、どんな成果があったのかを数字にあらわせないものがある。お金とスタッフが足りない

参加者D
自分は数年前まで病気になるとは思いもよらなかった。自分をケアしてくれる人はいませんでした。自殺をはかったあと病院にかかり、出会った先生は本当に話を聞いてくださいました。どうしてこれほどに回復できたかというと、いい先生とめぐり合えたことです。

参加者E
 私は
事者と家族の両方の立場を兼ねていますが、今は家族の立場でお話しさせていただきます。三親等以内の親族が扶養を拒否するのは甘えだというお話しが出ましたが、私は家族に負担をかけさせすぎていると思います。また家族といっても親子兄弟の場合と配偶者の場合では立場が全然違うと思います。
 妻が重度の精神障害者でして、私も一級の認定をうけています。以前は当事者を主体とした活動をしていたのですが、妻の介護が24時間体制、一年中休みなし、その状態が3年近く経った時に限界となり、限界を過ぎても続けていたら、当事者の活動もだんだん出来なくなってきました。ついには生活が
破綻して死ぬ思いどころか、主治医が入院させなくては死んでしまうという状態になりました。しかし私は妻を強制的に入院させようとは思ったことも、したこともありません。行政は何の手助けもしないし、出来ないといいます。平成9年に藤井市長が現在のはあとぽーとせんだいでヒアリングを行ないまして、関係者から意見を聞きました。徘徊の症状をもつ人を一時的に預かってくれる施設をなんとしても作って欲しいと訴えたのですが、私の声には全く耳を貸さず、一言のコメントもなく無視されました。何年も放っておかれ生活は破綻、私自身死ぬ思いどころか死ぬ状態までになりました。
 昨年の夏頃、
離婚を決意したのですが、我々の活動メンバーでもあり、女性団体の有力メンバーから「離婚するとはけしからん。それはDVである。強い言葉を使ったり、強い態度をとるのはDVだ」といわれました。
 夫婦二人暮らしで、私に全て責任がかかってくる。限界を超えも離婚を簡単に認めない。妻は全面的に助けてくれて、今後も保護してくれることを望んでいるようです。110番とか119番も何回か呼びました。110番では「そんなの
痴話げんかじゃないか」119番は「暴れる患者は搬送できません」と言われました。国は離婚を簡単に認めない、女性団体はそれを虐待だという、私はそのまま衰弱して死ぬか自殺を選ぶか、あるいは家を飛び出して逃げ出すか。家族に全てを押し付けると最終的にはそうなるんです。決して甘えでも何でもないと思います。

佐藤
 私たちは市民活動の中で
制度に縛られる。組織を維持していくのにやれる範囲が限られてくる。授産施設はNPO法人ではできません。社会福祉法人でなければ精神のほうは出来ません。知的の方はとれるんです。その問題がひとつあります。
 またグループホームをやろうとすると、入る人たちの市町村の認可が必要です。各町村の窓口の認可が必要で、非常に時間がかかる。「うちのほうでは予算を取っていないからダメだよ」といわれると、その人が利用できなくなる。四人がグループホームに入ると約320・30万の世話人費というのが出ていまして、割合が、国、県、市町村と分かれています。市民活動としてその制度に乗っかっていいのか、いつも
スタッフで議論になります。生活の場として安心してもらうのは重要、でも、そんなことより下宿屋やったほうがいいのではないか、そういう意見の方が私たちの間では強いです。国から県からもらわなくたっていい、非常に自由だし何も制度に縛られない。
 ぽっかぽかハウスのお話しが出ました。活動は
3ヵ月の期間限定だったものですから、(終わるときに)古川の家族の方々から署名活動をやろうというお話しが出まして、次の日には署名活動が始まりました。本当は私たちの側で率先してやらなければならなかったのですが、家族の方が用紙を作ってくれて、非常にうれしかったです。ぽっかぽかハウス存続のための請願書は古川市長とか大崎保険事務所長などに出しました。10日間で約1600名の署名が集まりました。あっという間でした。こんなに多くの方がこの場所を望んでいたんだ、こういう場所が必要なんだなと再認識しました。広くてゆっくりしていて安心を保障された場所というのがどの街にも必要なんだと思います。そこでいろんなことが経験され、それを足場に広がっていく、市民活動の基本だと思います。 
 この仕事を始めたときに、正直
「精神科の先生は今まで何やってきたの?」そう思いました。だって会う人会う人、幸せな人いないんだもん。偉い先生になればなるほど駄目だなって。私はいろいろなところで、小さくてもいいからいろいろな活動をやる人が出てきて欲しいんです。仙台でも心の図書室をはじめいろいろな人が市民団体として活動しています。そういう人たちがネットワークを築きながら社会の中で面となっていけば、いま発言のあった方の悩みも少しづつ解消されるのだと確信しています。
 
広田
私は本人を入院させるとか
ショートステイさせるだけじゃなくて、疲れきっている家族を休息させることが大事じゃないかと神奈川県とか厚生労働省などで
発言しています。先ほど
レスパイトのお話しがちょっと出ましたので、そのことの意義などについて少しお話しいただけますか。

佐藤
私たちのレスパイトは実は家族ではありません。本人が休むところです。家族と本人がしばしば対立関係になります。そのことは仕方のないことだと思います。その際に私たちの市民団体としては本人支援にまわるという事に決めました。何故なら家族は曲がりなりにも社会生活を送ってらっしゃる。しかし本人は社会生活を送るのに非常に大きな困難を抱えていらっしゃる。本人支援に徹しよう、ただ家族からSOSが出た場合にはそれも引き受ける、そういったスタンスです。

広田
ありがとうございます。レスパイトケアとは本人ではなくて
家族の一時休息所で、カナダなんかにもあるんですね。
 本人の支援のために、家族が泊まれるレスパイトが必要なんです。本人がそこを動きたくない。動きたくない本人を強制的にどこかに入院させたり、ショートステイさせたりするのではなく、家族のレスパイトが必要なんです。
神奈川県警などでも家族が110番通報して駆けつけると、それまで暴れていた患者が「
おまわりさん、ごくろうさまです。」と言う訳です。おまわりさんは当然帰ります。そうすると帰ったあとに家族が「警察官来たときだけいい格好してなによ!」と喧嘩をたきつけるんです。そういうことがないように、レスパイトケアをこれから宮城県で始めていただきたい。

市川
 今レスパイトケアについて話がありましたが、親御さんの負担というのはこちらからは想像できないくらい重いものだと思います。うちでは親の勉強会というのを月に二回くらい行なっていますし、タンポポの会というお母さんたちの会も運営されています。お母さんたちの
シェルターという感じです。まず家族が元気にならないと本人も元気にならないと思います。例え子供が家から出られなくても、親が勉強会なり集まりなりに楽しそうに毎回出かけていれば、子供は気になるみたいです。

参加者F
当事者活動、市民活動が年々盛んになっています。そのような中で今日医療、福祉という専門家が集まっていますが、利用者が
何を求めているか、それぞれの専門機関では何が出来るのかを明らかにしなくてはならないと思います。

広田
当事者が何を必要としていて、どういった暮らしがしたいのか、つまり
主役は当事者ということですよね。
 時として行政は、精神障害者に患者会とかつくらせて、行政にとって
都合のいい意見を言わせるような傾向がある。当事者が出てきた、ユーザーが出てきたと最初はおだてていて、そのうちに対等になって、「行政のやっていることっておかしいんじゃない」「医療のやっていることっておかしいんじゃない」というと、お膳をひっくり返す。ぜひ宮城では、仙台ではお膳をひっくり返さない専門家、医者であってほしいんです。

参加者G
社会的入院のお話しがありましたが、昨年4月に精神医療審査会の業務が精神保健福祉センターに下りてきました。その中の業務のひとつに退院請求、処遇改善請求というのがあります。
「○○病院に入院しているが退院したい。」などの訴えがきます。実際にきている電話というのは入院して半年も経たない人たちが多いです。ほとんどがそうです。ということは社会的入院患者という人は、入院生活に馴染んでしまっているということか、と非常に危惧しています。「俺、20年も入院してるから退院したい」もっとそういう電話がきてもいいんじゃないかと思いますが、実際は全然きていません。病院に馴らされてしまっている。

広田
ではそろそろお時間ですので、ひと言ずつ。

佐藤
点と線から面に
なることを僕たちは望んでます。仙台でもいろいろな方が活動されています。力をつけなきゃいけない、皆さんから信頼されなくてはならないと思います。個人的にも作業所のスタッフとして勤めていますが、生活支援のない作業所は砂漠の一軒家と同じです。郡部では孤立しています。通う人たちも固定していて、あるところでは高齢化に拍車がかかり、若い人たちが入れない状況です。そういった全体的な課題を私たち市民活動はどのようにとらえるかが今後の大きな問題です。これからもどこかでお会いしましたら、よろしくお願いします。

市川
病院に通っていた10年ちょっと前の自分と比べると、今この場所にいて自分が話しているというのは
奇跡だと思います。いまは地域でサポートする側にまわっている。元気になれる可能性がみんなにあると思う。がんばりましょう。

植野
私は心のネットワークの会長とか、あ、うんの会の会長、鶴ヶ谷市民センターの理事、仙精連の幹事とか、いろいろな役職を引き受けています。そこで先月の21日〜29日まで
ダウンしました。国見台病院の閉鎖病棟に入院していろいろと勉強になりました。あと一週間くらい勉強したかったです。本当に大変でした。少し休みたいです。休み休みがんばります。

北川
今日はこういう場で皆さんのお話しを聞けて非常によかったと思います。先ほど申し上げたように山のような検討課題を抱えているんですが、できるだけ皆さんのこういう活動が支援できる仕組みを実現するよう全力を尽くしたいと思います。
 質問が1つきておりまして「年金額が老人を含めて減額されております。何とかしてください。」とのことなんですが、保険料払っている方も日々生活が苦しくなっているという問題をどうして行くかということだと思っておりますので、今後国会等で本格的な議論がなされて行くんではないかと思っております。今日は本当にどうもありがとうございました。

広田
では予定のお時間ちょっとすぎましたけれど、これから国会議員を選ぶ選挙も始まりますので、ぜひ皆さんよく考えて投票いたしましょう。今日は最後までどうもありがとうございました。またお会いしましょう。



                                  ハートインみやぎ実行委員会




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